4月の末、近くの公園の一角でハマウツボ科のヤセウツボOrobanche minor Sm.の花が咲いていた。原産地は地中海沿岸とされているが、世界中に広がっている帰化植物で、以前はそれほど見ない植物であったように思うが、最近はごく普通に見かける。葉緑体を持たない寄生植物で、この写真のようにクローバー(アカツメクサやシロツメクサ)に寄生しているのをよく見るが、タンポポなどのキク科の植物やセリ科の植物に寄生することもあるらしい。
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穂状花序に二唇形をした花を多数、着ける。花茎を伸ばしながら、下から上に咲き上がっていく。花に柄は無い。
植物全体に白色の腺毛が多い。花冠は薄黄色で、紫色の筋が縦に走る。がく片は5裂し、中央の1片が幅広である。
花の拡大。2-3個の球形に分かれた紫色の柱頭が、花の入り口を塞いでいる。柱頭の表面には多数の乳状突起が発達して、花粉が付着しやすくなっている。また、腺毛の先端は球になり、ここに分泌細胞がある。油分(ヒドロキシ脂肪酸またはそのグリセリド誘導体)を分泌していることが知られているが、その役割は不明である。また、ヤセウツボの根からは、アルツハイマー症の予防・治療に役立つ可能性のある成分が見つかっている。
正面から見た花。柱頭が垂れ下がるようにして、花の入り口を塞いでいるので、柱頭に触れずに花奥に潜り込むのは難しそうである。
花冠の手前側の部分を取り去って、内部をみたところ。雄しべは4本あり、子房の左右に2本ずつ並んでつく。すでにやくは開いて、白い花粉が雌しべや雄しべの柄に付着している。雌しべは先端が下側に曲がり、花粉が付着しやすくなっている。花柱は比較的、太い。
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雄しべの基部は黄色を帯びた蜜腺となり、多量の蜜が溜まっている。雌しべの先端は3個の球に分かれていることがわかる。
根茎は丸い塊となっている。茎は中空である。茎の下部にある葉は幅広の鱗片状である。根は太い。写真では切れてしまっているが、根茎はアカツメクサの根と繋がっている。写真に写っている赤褐色をした丸い根はヤセウツボの根である。
5月中旬。大きなヤセウツボは高さ50cmほどにまで成長していた。まだ開花が続いているが、茎の下部の花は枯れて褐色になっていた。
萎れた花。雌しべも萎れて細くなっている。
萎れた花冠を取り去ると、子房が現れた。子房は周囲の花冠に密着するほど膨れていた。
子房を縦に割ると多数の細かな種子が詰まっているのが見える。楕円形をした種子の長径は0.3mmほどしかなく、埃種子(dust seed)と呼ばれるタイプの種子である。黄色の種子はまだ未熟で、成熟すると黒褐色となる。
未熟な種子の拡大。左側から台形状に延びた側膜胎座に、多くの種子が付いている。この段階では、種子は、外側を透明な粒状の種皮細胞によって被われ、クワの実のような形をしている。細胞は1層で、黄色を帯び、その中に見える白い球形の塊が種子の中心部で、胚が入っている。種子が成熟すると、表面にある透明細胞は乾燥してつぶれ、隣り合った細胞間の細胞壁だけが壁のように残り、種子の表面にハチの巣状の構造が形成される。写真下側の黒っぽい種子が、成熟しつつある種子である。
子房の横断面。4個の側膜胎座(白矢印)に多数の種子が付いている。種子の表面には、ハチの巣状の構造が発達しつつある。子房壁は2本の溝の部分で(赤矢印)で裂けて、種子を出す。
採取して10日間ほど放置しておいたら、子房の側面が2か所で裂けて、中から多数の種子がこぼれ落ちた。種子が付いていた側膜胎座もよく見える。
種子の拡大。種皮表面のハニカム構造がよく見える。また、種皮はやや褐色を帯びた透明であるため、裏から光を当てると内部が透けて見える。胚を含む種子の中心部は楕円形で、薄い風船状の種皮で周囲を包まれた形になっている。
寄生植物であるヤセウツボは単に葉緑体を持たないというだけでは無く、寄生植物特有の花や種子の形を持っている。まず、種子は埃種子と呼ばれる微小な種子で、ヤセウツボを含むハマウツボ科などの寄生植物やヒナノシャクジョウ科などの腐生植物(菌類に寄生する植物)、幼植物の生長に菌類との共生を必要とするラン科植物で広く見られるタイプの種子である。
ヤセウツボがどのようにしてアカツメクサなどの植物(宿主)に寄生するのか、そのプロセスは、最近の研究でかなり解明されている。ヤセウツボの種子は休眠性を持つが、適当な水分と温度があると休眠が解除される。その時に、種子の近くに宿主となる植物の根があると、根から分泌される発芽誘導物質を感知して発芽し、吸根と呼ばれる特殊な根を宿主の根に伸ばして内部に侵入し、宿主の根から養分や水分を奪って成長していく。しかし、この発芽誘導物質は土中で分解しやすく、またヤセウツボの種子は極めて小さく、吸根を伸ばせる範囲が限られるので、宿主の根はヤセウツボの種子の極めて近い場所(5mm以内と言われている)に存在しなければならない。ヤセウツボは、初期から宿主に頼って成長するので、胚乳や子葉に養分を蓄えておく必要は無く、種子は微小なものでよい。一方、散布された種子が宿主の根のすぐ近くに落ちる確率は極めて低いと考えられ、そのチャンスを掴むためには、大量の種子を広範囲に散布しなければならない。埃種子と呼ばれる微小な種子はこのような生態的条件を解決するための戦略として、寄生植物やラン科の植物で進化してきたものだと考えられている。
埃種子は、単に微小なだけでなく、形態的にも種子の散布力を高めるための性質が進化している。その一つが、ヤセウツボでも見られる種子表面のハチの巣状構造(ハニカム構造)である。この構造によって種子は表面積を増やし、種子が落下する際の空気抵抗を強くして、落下速度を低下させていると考えられている。極めてよく似た表面構造はハマウツボ科などの寄生植物だけでなく、ラン科、イチヤクソウ科、ツツジ科、モウセンゴケ科など微小な種子を作る植物で広く見られることから、様々な系統で並行的に進化してきたと考えられる。埃種子の中には、他の方法、例えば、ラン科のシランのように、小さな胚を、細長い捻じれたこよりのような種皮でくるむことで散布力を高めているものもある。
したがって、ヤセウツボの種子は基本的に風散布に適応した形をしているが、具体的にどのようにして散布されているかは、ほとんど調べられていない。土と一緒に動物に付着して運ばれたり、昆虫や小動物に食べられることで運ばれている可能性もある。
また、多数の種子を作ることにも生物学的な難点がある。種子は、原則として1個の花粉と1個の卵細胞の受精によって作られるものなので、多数の種子を作るためには多数の花粉を受粉し、その花粉管が卵細胞の所まで伸びていって受精しなければならない。ヤセウツボは主に自家受粉によって受精し種子を作っているとされるが、多数の花粉を受粉することが必要なことに変わりはない。やや小型の花であるにもかかわらず、表面に乳頭突起が発達した巨大な柱頭を持つのは、多数の花粉を受粉するためだろう。他の寄生植物や腐生植物、例えば同じハマウツボ科のナンバンギセルやツツジ科のギンリョウソウを見ても柱頭は巨大であることから、多くの寄生植物が巨大な柱頭を持つことがわかる。
一方、ラン科の植物は、多数の花粉をパッケージ化した花粉塊を、昆虫によって他の花に運ばせるという巧妙な受粉システムを進化させることでこの難点を克服したといえる。ラン科では、さらに雌しべと雄しべが合体して太いずい柱になることで、花粉管の伸びるスペースも十分に確保し、多数の花粉と卵細胞が受精することを可能にしている。
ヤセウツボは、主に自家受粉によって種子を作るとされているが、蜜腺があって多量の蜜を出していることからすると、昆虫によって他家受粉する可能性もありそうだ。自生地であるヨーロッパでは、時にハチによって訪花されていることが観察されている。
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コマユミの花の後を追うように、同属のマユミEuonymus sieboldianus Blumeの花が咲き始めた。この種は雌雄異株でこの株は雌株である。とてもたくさんの花を着けている。
雌花の花序。花序はコマユミと同じく二出集散花序だが、分枝を2、3回繰り返し、花数が多くなっている。
こちらは雄株の花で、花数は雌株よりも少ないように思える。
雌花の拡大。4個ある雄しべの柄は短く、黒紫色のやくは閉じたままで花粉を出さない。中央にある雌しべは長く伸びて、先端は雄しべよりも高い位置にある。雌しべの基部は円錐状に膨らんでいる。
上から見た雌花。がく片、花弁、雄しべが45度ずつずれて配列する整った放射相称花である。花盤や花弁の基部には蜜が光って見えている。
こちらは、雄花。雌花よりも花弁が細く長い。雄しべの柄は長く伸び、やくが裂けて黄色の花粉が出てきている。
雄花の中央部。蜜で濡れている。雌しべの基部はほとんど膨らまない。
雄花の蕾。蕾は小さなうちはがく片に包まれているが、大きくなってくると花弁に包まれる。
開き始めた雄花。雄しべのやくはまだ開いていない。
マユミの性表現については、雌花と雄花が別株に着くと書かれたものや、雄花を着ける株とと両性花を着ける株があると書かれたものがあり、情報が混乱している。これは、雄花も雌花それぞれに、少し形は異なるものの雄しべと雌しべの両者が着き、機能的に退化しているだけなので、混乱しているのだと思われる。また、雄花は通常、実らないが時に少数の果実を着けるものがあるようで、実態としても雌雄の分離が不完全であるらしい。
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